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潔く柔く

いくえみ綾の「潔く柔く」を何度も繰り返し読んでいます。

クッキーでは1月号で感動しましたが、これからとうとう佳境だと思うので、その前に。熱く語ってみたくなったので、思い切りネタバレしてしまいますが大丈夫という方だけお読みください。

潔く柔く 2 (マーガレットコミックス) 潔く柔く 2 (マーガレットコミックス)

著者:いくえみ 綾
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カンナの気持ちについて。恋について。恋になるはずだったかもしれない気持ちについて。

俺は、自分の感情に名前をつけるのに時間がかかるんだ、と言ったのは、高村薫の「照柿」の主人公、合田雄一郎ですが、これってすごく名言だと思うんです。

「ツ、イ、ラ、ク」という姫野カオルコの小説の主人公隼子は、「これは恋だ」なんて名前を付けて恋に堕ちたわけではなく、でもその激しい気持ちと行いのすべては恋だった、と誰でも分かります。

「これは恋です」という遊知やよみの少女マンガは、主人公が「これは恋だ」と気づくところから話が始まりますが、このタイトルも秀逸です。いつ「これは恋だ」と気づくのかは、恋をした時とは無関係で、でもやっぱり切り離せない問題です(矛盾していますが)。

一人一人、恋に堕ちる瞬間、というのは違っていて、でもやっぱりそこにはどうしても共通するパターンが生まれます。ひとつ、「誰かの特別になりたい」という思いがあって、その淋しさが人を恋へと導きます。4巻で一恵がスズメを見ながら繰り返し思うように、恋とは多数の中から選んで選ばれること、「特別」になることです。そのためにはまず、「自分はまだ誰かの特別ではない」「あの人は自分の特別だ」ということに気づく必要があります。

「潔く柔く」ではその、女の子の恋に堕ちる瞬間のパターンが、これでもかというほど描かれていて、それは本当にどれも、わかるなあ、と思えるものでした。つり目の子も、ぽっちゃり目の子も、みんな恋に堕ちるわけです。いつか本物に気づくために。

たとえば3、4巻で主役になる一恵は、桜の花とキヨでハルタを思い出します。彼女は少女漫画が好きで、キヨも少女漫画を好きということで仲良くなるのですが、少女漫画を読むことで女の子は恋のシミュレーションというか、恋をしている自分を客観的に眺められる訓練、というか、どうしたら上手くいくのかの例を学ぶわけですね、共感と反発をくりかえしながら。

だから一恵は、中学でハルタへの憧れに、これは恋だと気づいたし、恋する自分と彼を少し離れて見つめることができたし、その後もちゃんと自分と相手に向き合うことができたんだと思います。カンナに再会して、彼女の淋しさに共感して泣いて、「うらやましかった あの人が ずっと」と泣き、「気持ちを ぶつけられる相手がいることは 幸せだと」思い、そして、「あたしは 彼女とは 違う」「あたしは せめて あたしのことを 救おう」と、勇気を出します。桜の花のラストが感動です。

潔く柔く 3 (マーガレットコミックス) 潔く柔く 3 (マーガレットコミックス)

著者:いくえみ 綾
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2、3巻で主役だった亜衣は、「カンナさんは 誰を好きだったんだろう あたしにはわかんないので もう考えません」といって、マヤと未来に向かって歩いていきます。読者も「カンナは誰を好きだったのか」と最初の亜衣の問いかけから考えるわけですが、マヤなのか、ハルタなのか、その問いに亜衣は、夢でちゃんと答えているわけですよね。マヤが死んで、ハルタが死んで泣くカンナの、夢を見て泣きながら。

知らないはずの事故を夢見て、起きたらほんとに事故にあっていた、そういう一致が、幽霊や死後の世界と同じように、いくえみさんの作品にはしばしば登場して、それを唐突にも不自然に感じさせずに生み出すための生きている人間の心理の描写に、作者の力量を感じます。たとえば、来ないなあ、と待ちながら眠ったときの夢に、不安が現れるわけですよね。人の心が生み出すもの、というのがどこまでも信じられるのです。亜衣の素直で優しい性格が、明るくて前向きな性格が、ほんとに好きだし、マヤを救ってくれたと思います。

カンナとハルタは、10年間、幼なじみで、ハルタは早い時期に恋というものに気づいたけれど、自分に恋をしていない相手に自分だけ恋をしていると告げることはできなかったんですよね。カンナを大事に守ってきて、それでも大事すぎて怖くてどうしても言えなかった。自分にとって特別な人に思いを受け入れられないことは、恐怖です。

椎名軽穂の「君に届け」というマンガで、主人公が「同じだよ」というのに感動してしまうのは、現実には「同じだよ」と言える奇跡はなかなか起こらないからです。自分が100で相手が0でも、自分が55で相手が45でも、自分が100で相手が100であることには敵わないのは当然で、「同じだよ」がまさしく理想なのですよね。

水城せとなさんの「俎上の鯉は二度跳ねる」も「同じじゃない」ことを描いたマンガで、「対等っていうのは、同じ重さの気持ちを持ちたいって意味だよ」と愛される側の主人公は答えます。彼が自分の気持ちに恋という名前を付けることを許したのは、私たち読者よりもずっと後のことでした。

自分の気持ちが恋だと気づくと、相手の気持ちが恋なのかどうかは分かるものです。でも自分の気持ちが恋だと気づかないうちは、相手の気持ちが恋かどうかなんて分からない。自分の心を鏡にして人の心を推し量るのが人で、比較する対象がないから、知らないわけです。カンナが晩生だったのは、もう確実にハルタがいたからで、すでに特別で守られていたからです。罪悪感が消えないのは、それを知っていたのに知らなかったから。

カンナの中で、ハルタはずっと一番特別で、分からなくて、でも自分のものだと思っていた、そういう離れられない存在だとなんとなく感じていて、他の女の子と仲良くしてればさりげなく邪魔したり、自分が邪魔されても当然だと思って気づかなかった。でも高校に入ってマヤと朝美の4人グループになり、二人の関係が変化して、マヤにも惹かれ、朝美とハルタに秘密があれば嫉妬を感じて、朝美の自分にはない美人さにも嫉妬を感じて、けどそれが何なのか名前を付けることはできなかったわけです。

潔く柔く 9 (マーガレットコミックス) 潔く柔く 9 (マーガレットコミックス)

著者:いくえみ 綾
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秘密を持つハルタに、「あたしはバイクこわいよ?」といってしまう気持ちは何の文句も付けられないし、それに対して「誰がおまえだっていったよ」と言ってしまうハルタの男の子らしい若さにも、やっぱり文句は言えないけど、「誰も何も言わなかった 言ったのはマヤだけだった」と思うカンナと、3年後に「気づいてた……私」と振り返るカンナも、どちらも本当で、あんな事故さえなければ、それくらいの意地やすれ違いは可愛いものだったはずなのに、と思います。

ハルタが好きだという言葉を言わないから、カンナは自分もハルタが好きなのかという問いに答えずにいたわけですが、たとえどんなに行動で好きだとあらわしていても、言葉でないと気持ちは伝わらない、ということを人が学ぶのはもっと後だ、ということにこのマンガを読むと気付かされます。キスに意味があるのかもわからないのは、バカなのではなくて仕方のないことなのですが、でもそれは後で気づけば呪わしくなるものでしょう。好きになってやれなかったから後悔している、というのは、その通りで、もうずっとカンナはハルタのことを好きになれないかわり、誰のことも好きになれなかったわけですよね。

ハルタ以上の「特別」はなくて、でもカンナはあの頃の自分の気持ちも、若さも、「ちがう未来」に行けなったことも知っていて、でもずっと「ちがう未来」に行けたんじゃないか、と戻れない未来に未練を残している。自分が気づいていたら何かが変わったのかはわからなくて、でも違う言葉を言えたはずなのではないかと後悔している。生きていれば何もかも違ったことは確かなのに、これはほんとに行き場がないな~と思います。

私は最初にクッキーで1巻のハルタの死の場面を読んだとき、カンナにとってあまりに残酷な展開にショックで、ひどすぎる、と思って呆然としました。ハルタが一人で死んだ、自分がハルタを失った、ハルタは自分を好きだった、自分はマヤとキスしていた、これだけなら「タッチ」の南ちゃんの気持ちと似ているようで、ちがうのはカンナが自分の気持ちに向き合っていなかったこと。その後の淋しさは、ずっとずっと彼女を、長い夜と静けさと後悔で苦しめたことでしょう。一人では人は救われないので、ほんとに救いが読みたいです。

朝美も一恵も、ハルタと似たところのある、でも全然違う男の子に新しい恋をすることで自分の昔の恋をきちんと昇華することができたのですが、ロクもやっぱり少しハルタに似ていて、カンナがきちんと反応をしているところに、やっと希望を感じます。

私は実は(って何度も書いていますが)幼なじみものがすごく好きで、双子ものと並ぶ、二大好きジャンルです。何でもいいのですが、双子と幼なじみと言うキーワードにときめくという、ありふれた属性があります。

あだち充の「H2」でも、幼なじみの比呂とひかりは、お互い好きなのに気づいたのはずっと後のことでした。突然の出会いと比べて、ずっと一緒にいる相手に恋をするのは、とても大変なことなんです。変化、きっかけ、ショック、そういうものがあって、初めて気づくんですが、ずっと気づかないかもしれない、そういう「恋のたまご」もあるわけですよね。久しぶりに比呂とひかりのこととか思い出したので貼っておきます。女の子がしっかりしているのが「H2」で、男の子がしっかりしているのか「潔く柔く」ですかね。それぞれ少年少女の願望でしょうか。

H2〔文庫版〕  12 (小学館文庫 あI 72) H2〔文庫版〕 12 (小学館文庫 あI 72)

著者:あだち 充
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H2〔文庫版〕  4 (小学館文庫 あI 64) H2〔文庫版〕 4 (小学館文庫 あI 64)

著者:あだち 充
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コメント

最近更新されていないようなので、読んでいただけるかわかりませんが、
「潔く柔く」を全巻読んで、カンナのハルタへの気持ちがはっきりとは書かれないままに終わったことに、もやっとしたものを感じていて、検索していたのですが、こちらで、きちんと納得のいく説明がされていて、すっきりしました。
まだ完結していない頃に書かれているようなので、どこまで読んで書かれているかはっきりとはわかりませんが、「好きになってやれなかったから後悔している」ことについて書かれているので、そこの説明があったのはとても感謝しています。
私はカンナがハルタのことは好きだったと思っていましたが、「好きになってやれなかったから後悔している」ことを認めていることとの辻褄合わせができずにいました。
それでもカンナがハルタのことを好きじゃなかったとは思いたくなく、ハルタほどはっきり恋心を自覚していなかったのだろうとは思いましたが、それ以上の説明ができず、苦しく思っていました。
「カンナにとってあまりに残酷な展開」であるハルタの死がとても苦しくて苦しくて、最後まで読めば死は変わらなくても、もっと納得の行く展開があるものと思っていたのですが、はっきりとは描かれない描かれ方で苦しさが解消されず、苦しんでいました。
大げさですが、本当に、大好きな相手が死んでしまう話は苦しくて仕方がないのです。
でも好みの男女だし、お互いが特別な存在で純粋さを感じる強い相思相愛の話が好きなので、読みました。
とても納得の説明をしていただいて、ありがとうございます。
できれば、最後まで読んだ、この後の部分の説明もしていただけるといいなと思っています。
最後まで読んでいるものとしてラストのネタバレをしますが、
ハルタが「見つめることが愛なのか」と言っている意味がいまひとつわからずにいます。
見守るではなく見つめると言っているのはどういうことなのか、説明していただけるとありがたいです。
更新されていないようなので、無理かとも思いますが、ここに書かれている解説だけでもとても感謝しているので、書かせて頂きました。ありがとうございました。

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